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2003/12/31

今年を振り返ると

今日で2003年も終わり。
今年一年を振り返ってみると、1年前には予想もできないくらいの変化があった。今年は運が良かったとしかいいようがない。
今年の1月、2月からケンコーコムの調子は上がってきていたが、3月はまさに神風が吹いたような格好だった。シジュウム、ローズヒップオイルのおかげで、3月はいきなり2月の2倍以上の売上を記録した。決算間際の3月にこのような大ヒット商品が2つ続けて現れることも運が良かったが、この売上急増局面をスタッフ全員が連日連夜の作業で何とか受注処理、および出荷をこなしてくれた。また、急に無理な注文を出したのに、どちらの商品でもメーカーがしっかりと応えてくれたのもラッキーだった。ヒット商品の出現、スタッフのがんばり、メーカーの対応、いずれが欠けても、今年の大きな成長は望めなかったと思う。
おかげで、何とかケンコーコム立ち上げ以来、初めての黒字にこぎ着けることができたし、それ以降も大ヒット商品は現れないものの、堅調にビジネスを続けることができている。取り扱いアイテム数も1年前と較べると倍以上になった。
今年のようなラッキーな年はなかなか来ないとは思うが、今後もやるべきことをしっかりとやっていかなければと思う。常に忘れてはならないのはお客様の視点を忘れないこと。自分がお客様になったつもりで、僕らのサービスでどんなことが欠けているかを見直し、常に改善し続ければ、必ず報われるときがくると思う。
今年は売上の急増にあわせるための体制づくりで忙殺されたが、来年は改めて初心に返り、お客様の視点で見直していきたい。

2003/12/26

雪茶問題

年の瀬も押し迫った頃に、雪茶問題。

雪茶問題というのはスパスパで取り上げられた雪茶に関して、健康被害の疑いありという厚生省の発表
ケンコーコムで取り扱っている中には該当商品はないが、「雪茶に健康被害の疑いが出た」、と言われての対応が難しい。今回は一旦販売を中止したものの、1件目の疑いが出た以降、続報がない。結局、このような疑いがある旨をしっかり告知した上で、販売は再開することにした。注意喚起が必要なものか、販売に支障があるものか、判断がつきにくい。食品の安全性と、お客様の利便性のバランスをどのようにとるかが問題だ。もちろん、食品の安全性に重点が置かれるのはたしかだが、今回は食品の安全性に関する疑い、という曖昧なものだから難しい。

2003/12/24

医薬品通信販売の規制緩和

先日、コンビニで医薬品を扱うかどうかに関して厚生労働省側からの見解がなされたが、ケンコーコムのようにオンライン上で医薬品販売を行っているものからすると、規制緩和が必要だと思われる部分は他にもある。

薬局やドラッグストアが医薬品を通信販売する場合、胃腸薬や湿布薬は大手を振るって販売できるが、風邪薬や目薬の販売に関しては規制を受けてしまうのだ。これは昭和63年に出された通達により規制されている。この通達では、医薬品の通信販売は原則的に好ましくないが、安全性の観点から15の薬効群に関しては通信販売が可能だとしている。この通信販売可能な薬効群に胃腸薬や湿布薬は入っている。それ以外に関しては、個別に相談するよう求められている。
それから15年が経過し、現在では当時は存在しなかったインターネットがあり、宅急便等、輸送手段も整備され、格段に販売環境が違ってきている。現在の通信環境や輸送環境を考えれば、その当時の規制はそろそろ見直す必要があるのではないだろうか?

2003/12/17

コンビニ医薬品問題

コンビニ医薬品問題で、厚生省側からの案が提出された
予想通り、限定的な医薬品のみの解禁にしようとのこと。13,000アイテム中350アイテムを解禁ということなので、ほとんど譲れないということのようだ。
医薬品には多少なりとも健康上のリスクがつきまとう。リスクが少しでもあれば、それは薬局・薬店で取り扱いましょう、という原則で臨めば、このような案になるのは必然だろう。利便性を向上しましょうという規制緩和派と、絶対的な安全を追求する現状維持派は論点が違うので、当然平行線をたどることになる。

2003/12/08

オフィス引越

今日、新オフィスに引っ越した。94年の設立以来、2度目の引越だ。
同じ赤坂の中で引っ越しているが、最初は6-7坪ぐらいの小さなスペース。それから1年半ぐらい経ってから、18坪程度のペンシルビルに移った。その後、フロアを次々に借り増し、昨年は4フロア目を借りた。家賃が安かったし、フロアを増やすことで、会社の成長にあわせて拡げることができたので便利だったが、さすがに4フロアになると移動も大変だし、フロアが違うとほとんど顔を合わせないようなことが多発し始めた。
折しも前のオフィスの裏(TBS)が再開発になり、工事がうるさくなり始めたので、ここが潮時だと100坪強のワンフロアのオフィスを借りたのが今回の引越。ワンフロアになると周りを見回せて気持ちがいい。会社全体の業務がここまでわかりやすくなるとは思わなかった。
今回のオフィスだと、今までより家賃がだいぶ高くなってしまったが、内部のコミュニケーション効率を上げて、結局は良かったと思えるようにしなければならない。

2003/12/05

中田さん休職

今日で中田さんが出産のため休職。
彼女はケンコーコムのサイト立ち上げ以来、広報やメルマガを中心にさまざまなところで活躍してくれた。
昨日、お別れ会を行ったが、彼女が入社したのは2000年の6月。ネットバブルははじけ、ケンコーコムのサイトはローンチしたものの、どうすれば売れるか全くわからないときだった。その月はネットでの広告費が2000万円かかったにもかかわらず、ネットからの売上は100万円にも満たない。よく、あのような局面で日立を辞めて、ケンコーコムに参画してくれたと思う。
それからも、どうやれば売り上げられるかわからない中、バナー広告を試したり、割引クーポンを配りまくったり、懸賞サイトに登録しまくったり、本当に試行錯誤を一緒に行ってくれた。また同時に、毎週欠かさず、すばらしいメルマガを送り続けてくれた。
おかげさまで、何とかケンコーコムで収益が取れる売上パターンも見つかり、数回あった崖っぷちの時を乗り越えることができた。
本当に感謝している。
出産後はどのような状態になるかわからないが、彼女としては何らかの形でケンコーコムに関わりたいといってくれている。元気な赤ちゃんを産んで、余裕ができたら、ぜひまた力を発揮してもらいたい。
どうもありがとうございました。

2003/12/04

一勝九敗

最近、読んで面白かった本。
「一勝九敗」(柳井正)

ユニクロの会長が書いた本だ。
うちの副社長の植田がミーティングの際、「ユニクロの10年前の会議って、うちのいまの会議そっくりだったみたいだね。ユニクロのそのころは、うちの今と共通点が多くて面白いよ」と教えてくれたのが本を買ったきっかけだ。
読んでみると、たしかに共通点が多い。僕らがぶつかっている課題に、ユニクロは10年前いろいろとぶつかっていたようだ。環境的に共通項があるのかもしれない。
柳井さんがもともと家業を継いで、そこから脱皮させようとしていた点も影響しているのかもしれない。トライアンドエラーで失敗を重ねまくり、その中から何かを模索しようとする姿も、僕が理想としているものだった。彼の経営観には共感できるところが多い。
共感する部分を書き出したら、きりがないが、僕がうまく表現できなかったことを柳井さんはしみじみと書いている。早速アマゾンで大量注文した。うちの社員にもぜひ読ませたい。

2003/12/01

社名変更

今日、会社の社名変更を行った。株式会社ヘルシーネットからケンコーコム株式会社に変更した。

それぞれの名前をつけたに関する思い出は以下のような感じだ。
株式会社ヘルシーネットを設立したのは94年。その当時は、インターネットもまだほとんど知られてなく、システムのネットワークもほとんど普及していなかった。その当時にヘルシーネットという社名をつけたのは、ネットワークの持つオープンなイメージが好きだったからというだけで、インターネットは全く意識していなかった。
ヘルシーネットを設立してからは、主にダイレクトメールベースの通信販売を行っていた。PCベースのデータベースマーケティングが実現可能になったのがちょうど94年頃だ。それまでは汎用機やオフコンベースでしか実現できなかった、数百万件のデータを用いてのマーケティングをPCベースでひたすら取り組んでいた。
自分で社内ネットワークを組んだ。その当時はWindowsベースのネットワークはあまり実用化されておらず、DOSベースのシステムをNetwareでつなぐという今では考えられないような悲惨なシステム環境だった。僕はシステムに詳しくなかったので、その当時はアップルトークで簡単なシステムを組み、Macでクライアントサーバーシステムベースのデータベースシステムを自作で作り上げた。
そのうち、システム環境は大きく変化し、イーサーネットやTCP/IPといった、最近の基礎的な技術が次々と普及してきた。その当時はそれぞれの導入に関してAppleベースの方がWindowsベースよりも早かったので、MacTCPなどを使って、何とかしてつなげようと四苦八苦していた記憶がある。また、Windowsも試しに導入し、カメレオンやモザイクなどを当時、野村総研に勤めていた友人にもらい、悪戦苦闘していた。また一方で、大分つながりでハイパーネットワーク社会研究所の東京事務所に遊びに行き、インターネットのページをいろいろと見せてもらっていた。その当時は、説明してくれる人は画期的な技術だといっていたが、正直なところどの程度画期的かはよくわからなかった。

ただ、インターネットのアドレスにはドメイン名が含まれること、およびアメリカのドメインは.C0Mで終わるということを教えてもらった。また、わかりやすい英語のドメイン名は全て取られていることもその頃知った。英語のドメイン名がダメなら、日本語で取ってみようかと思ったが、kenko.comも含めて、欲しいドメインは全て誰かに取られていた。kenko.comというドメイン名はどうしても欲しいと思っていたが、その時、kenko.comも含めて僕の欲しいドメイン名のいくつかは同一人物が持っていることに気がついた。それでダメ元でその人物に会いに行ったところ、税理士さんだった。その当時、あるISPの顧問税理士をしていたらしく、ISPから「将来絶対に価値が出ますから」ということで、ドメイン名をいくつかもらっていたとのこと。本人がそれほどドメイン名の保有に固執していなかったので、今思えば信じられない価格で買ったのがkenko.comドメインだ。持っては見たものの、その当時は.comという言葉に余りなじめなくて、ドメインのパーキング料を支払うたびに躊躇した記憶がある。そのドメイン名が今では社名になるというのも感慨深い。.comという言葉になじめなかったのはほんの数年前だ。

今では、ケンコーコムを単なるドメイン名ではなく、この言葉を新たなサービスの代名詞にしたいと思っている。長い期間かかると思うが、ケンコーコムという言葉で、健康づくりに関する便利なサービスがイメージされるよう、少しずつサービスを改善していかなければならない。