atscoのリゾートマインド・ラボ

ココロの健康に栄養になるべく、元気の源を発信

2010/04/26

25年ぶりに初同窓会

私が通っていた学校は中高大の一貫校の女子校。
そこに、中学受験して入学した。
当時、生徒数は全部併せて一万人という
本当かウソかわからないような数字だが、
ちゃんと計算すると中高生だけでもざっと
3600人いたのだった。
ひぃ。まさに女の城?園?

思春期のまっただ中にいて、学校の先生以外に
男性を見ることは少なく、周りは女子女子、女子だらけ。

出入りの業者さんに男性などいようものなら、窓から校庭から、
授業中でもなんでも乗り出して一斉に注目したりなんかして、
関西風味も加味し、ちょっと異様な光景だったかもしれない。

当時大学にも制服まではいかないが、黒のジャケットと
スカート着用が決められており、ぞくぞくと集まる朝の光景は
上空から見るとまさにゴキブリホイホイのようだと揶揄されたりも
していたらしい。
(思春期の娘たちにとっては相当ショックである)

クラス替えは毎年行われたので最後まで同級生が把握できないまま
卒業なんてざら。
クラスも中学で8クラス。高校は倍の16クラス。
同窓会などしようものなら役員は大事業となってしまう。
なので今まで一度も公式に開催されたことはなかった。

時々は周りが同窓会云々と話しているのを聞き、
いいな。 ちょっと羨ましい。
などと感じたりもしたが、なにせ同級生が800人もいると思うと、
「まぁ?無理よね、、、」の一言で思考終了。

それが数日前のある日突然こんなメールが入って来た。


*********************************

『同窓会の案内のメールを転送します。
連絡の着く同窓生の方にもお知らせください。


皆様、お元気でお過ごしでしようか。
今年、○○高校卒業後25年を迎えます。
この機会に懐かしい人々と交流をしたいと考え、先生方も交え、
同窓会を企画しました。

つきましては、卒業生の連絡先確保が困難なため、
連絡のつく方にこのメールを転送願います。
同窓会開催にご賛同いただけましたら、下記アドレスへ連絡先を
お知らせ願います。
卒業生の連絡先確認のため、5月末を目安として、ご返信ください。
同窓会の出欠・明細等は追ってご連絡差し上げます。

連絡先Email ******

卒業生の皆様のご連絡先は、同窓会開催目的以外には使用致しません。

今回は事務局を発足し、運営させて頂きますので、開催日時は確定です。
場所の予約もしております。

多くの同窓生にお会いできることを楽しみに致しております。

発起人:<2組>○○、○○、<4組>○○、○○ 、○○、○○、<11組>○○、○○
以上

***********************************


わお! 事務局だって? それはすごい。

発起人様たち、本当にありがとう。

実はおととしの暮れにこじんまりした同窓会のお話があったのだが、
私は都合で参加できなかった。
とても残念に思っていたので、それが勢いがついたのか、
発起人様たちのなかにその時のメンバーもみられる。

いいぞ! すごいよ。
800人全員来たら本当、笑っちゃうな。嬉しくて。

けど、きっと、「ええ?っと名前なんだったっけ?」とか、
「え?クラス一緒だった?何年のとき?」
なんて会話が間違いなく繰り広げられるだろう。

先生方にも会えるけど、覚えていてくれるかしら。
なにせ毎年すごい人数を送り出しているから。

年末のその日まであと半年以上あるから、今頃からダイエットとか
エステとか実行すれば間に合うな。
とか、なんか月並みな発想も自分の中にわき上がったりして。うふふ

きっと皆も同じようなこと、考えているのだろうなぁ。

そうねぇ ひとつだけ残念なのは、女子校だってこと。
ときめきは生まれないかも さすがに。ね。 


お互いが覚えているエピソードを交換する→昔の私に会う。
そんなことが同窓会の醍醐味なのかな

とにかく、ワクワクしています。楽しみ。

2010/04/10

日本の古都と心の故郷

春休み。
息子がついに中学校を卒業し、春から高校生になり
またひとつ階段を上がる。
ここからは今までとは違う想定外区域へと
足を踏み入れるのだなと予感する。

思えば、
可愛くて可愛くて、次々と泉のように溢れてくる
自分の情愛に戸惑いながら密着していた赤ん坊の頃。

ヨチヨチと自分の足で歩き出し、やがて元気に
駆けっこしながら親子で小さな社会に飛び込んだ幼稚園時代。

私の付き添い無しで通えるものなのかと心配で、
隠れるようにして後ろから着いていったこともある小学校入学。

口数が少なくなり、時折見せる物憂げな表情のなかに
小さかった頃の片鱗をみつけては心の中でほくそ笑んだ
中学校時代が過ぎたのだ。

これからは お小言はコンディションのいいときに
短くしよう。とか、
watchingしてるけど、干渉はしないで......っと。とか、
これでも色々考えている私なのだ。
(出来てるかどうかはわからないけど)


伊勢は主人の実家があり、毎年二回は帰るのだが、
今年は少し意味合いが違って、私たち家族4人の他に
友人らも参加し総勢12人のツアーとなった。

卒業旅行にはある意味相応しく、おばあちゃんに
会いに行く伊勢ではなく、日本人の魂の源境ともいうべく
伊勢の地を客観的に観てほしかった。



おかげ横町内の『おかげ座』の様子 























ミニチュアで当時のお伊勢参りを再現























蔵の町 川崎


















内宮の杉の大木























鳥羽の海














海の幸を三昧に味わう




















鯛のお刺身                









焼き牡蠣









てこね寿司                









珍しいホラ貝のお刺身











難しい年頃のわりには、団体行動も素直に楽しんでいて
くれたりするので私が気をもむこともなくツアーは
スムーズに進む。ただし、天気以外は。(極寒だったー)




二泊三日で伊勢を過ごし、皆と別れて私たち家族は
ここから、奈良、京都、大阪と関西弾丸ツアーに出た。



目が覚めるようなコントラスト。白とスカイブルーの東大寺






















 
清水寺              








































絵に描いたようなツアー。 弾丸ですから。

兄妹でおしゃべりを楽しんでる姿はとてもありがたい。
























いつまででも眺めていたくなる枝垂れ桜の陰も美しい高台寺の庭


















金閣寺。    
子供の頃に観た印象より金色が眩しかった


















そして.............

道頓堀。























だから.......

モダン焼き。















と、弾丸ツアーはここで終了する。

タイトルに古都(京都)と心の故郷(伊勢)について
書き始めたのに、画像を入れていくうちに
なぜかお腹いっぱいになってきてしまった。笑

タイトルは『春の弾丸卒業ツアー』の方がよかったかもしれない。
うーむ。。。。

え? お恥ずかしいお話なのですが、モデルのお仕事を始めてから
大阪に来るようになった私。
それまではずっと神戸で過ごしていました。
なので、昼間の道頓堀は初めて。
東京から仕事で入り、夜、食事に出掛けてホテルで休む。
といったサイクルだったものですから。

いつも神戸と伊勢の往復ばかりで、間のこれら三都は家族旅行では
初めてのこと。
弾丸は今回だけにして、次回はピンスポットで訪れたいな。

いつまで一緒に来てくれるかしら?笑

2010/03/25

Ieri, Oggi, Domani

『昨日・今日・明日』

カルロ・ポンティ監督による、ソフィアローレンと
マルチェロマストロヤンニ共演の映画(いい映画です)
のタイトルですが、私はこの言葉にはとても力をもらっています。

さて、いよいよ春ですね。
また新たに気持ちを切り替えて、進んで行こうと思います。

大げさな言い方かもしれないけれど、人生って、
本当に驚きと慣れの連続劇のような気がします。
慣れては変化に驚き、慣れたかと思うとまた変化が訪れて、、と、
繰り返し繰り返し。

そしてあるときふとした拍子に、気づきのようなものがぴゃん。
と降って来て、ああ。あそこであんなことがあったから、
今ここなんだな。とか一人納得したり。

すべては辻褄が合い、繋がり、また、なにひとつ無駄になって
いないことに気がつきます。

つい先日も、おうちで『劔岳』をDVDにて観ました。
日本アカデミー賞でも6部門受賞した作品だけあって、
見応えも十分でしたが、一番感じたことは、その歴史の
大小に関係なく、人は、やはり一歩一歩でしか成長や成功
というものはなし得ないのだと改めて悟った気がします。

春から中2になる娘の学校で、春休みに向けて配られたプリントに、
「一年間を振り返ってみましょう、『基礎学力はついたか?』
『勉強方法は確立できたか?』『生活の型は整ったか?』
『コミュニケーション力はついたか?』」
と書かれていました。

これは大人になった今でもそのまま通じる言葉ばかりで
子どもの前で苦笑いしてしまいました。
そして、ぞくっと、背中に冷たい戦慄も覚えたり。。笑

引きずらない。振り回されない。
これは自分の気持ちや感情に対しての心構え。

どうしても心はアナログ。だからボタン一つでポン。
と切り替えられない自分がいます。
心根は良かれと取り組んでいるつもりでも時々は誤解を生んだり、
恐れたり、気持ちが折れそうになることもありますが、
そんなときこそ、この『昨日・今日・明日』の言葉の持つ力に
頼ります。

『いつでも建て直せる』の精神を持って、
考えても仕方ないこと。と過ぎた昨日をアッサリと捨て、
また今日を生きて行くタフさも持っていたいな。

どうしても自分のなかで煮詰まってしまったら、
甘えられる友人にぱつ。っと穴をあけてもらい
ガス抜きを手伝ってもらいたい。笑
人のことはよく見えても、自分のことはなかなか見えづらいもの。

自分をよく知ってくれている友人に自分を肯定してもらう
ことも時には必要な気がします。
傷つきすぎるのはあまりいい方向へ向かってるとは
言い難い気がするから。

また、相手がそんな状態に陥ってしまったら、すかさず、
交替してギッコンバッタン。
そうやって支えあっていきたいものです。

変わろうとしている人に「そんなこといって、
こうだったじゃん」なんてこと、言わないように。笑 
お互い様やおかげさま。の精神を持って。


これが互いにできるとかなり健全な関係が築けるんじゃないかな?
そういうのがいいな?

2010/03/15

想い出がいっぱい

♪おとなの階段上る?.........少女だったといつの日か
思う時が来るのさ?♪

私が17歳だった頃、H2Oが歌うこの歌は、正直
ピンとこなくて、でもいい歌だなぁ。とは思ってた。

今とうとう息子の卒業式を迎え、この歌を聞くと
自分のあの頃も含め、母になって子どもの成長が重なっている
今の方がぐいぐいと響いてくるな。

卒業式。。。

とうとうこの日がやってきてしまって私の心は
なんだかざわざわとしていた。

15歳という年齢はかの孔子も ”吾十有五にして学に志す”
と言ってたケド、、、


自分の意識がむくむくと沸き出す頃なのだろうか。
息子は今までにない予測不可能な領域に入ってしまった気がする。
おとなの階段。。。そんなものが在るとして、
もうその入り口に立っているのが観えるようだ。

それはそれで頼もしいことでもあるのだけど、
すべては自己責任。と割り切るのもなかなか難しい。

母親の持つ思考の特性かもしれないが、できれば
転んでほしくないな。とどうしても考えてしまう。

転ばなきゃ『気づき』が訪れないことは
頭では解っているのに。

お腹の中に命が宿って十月十日を経ながらだんだんと
母としての心の準備ができて行くように、
自立に向かって行く子の姿をじっと待つのも、
やはり時間がかかることなのだと実感する。

行きつ戻りつ。そうやって親も子も少しずつ、
密着していたあの頃から距離を空けて行くのだろう。

同じように悩んだり、笑ったり、泣いたりしてきた
同志である母たちとの出会いや育んだ友情。
これも皆、子どもたちがくれた贈り物だ。

10代で大人の厳しい世界を体験した私にとって、
母親の世界はとても未知で、最初は知らないことも
たくさんあった。

恥ずかしい思いもたくさんしたしけど、新たな発見を
共にみつける嬉しい瞬間も一緒に味わうことができた。

改めて感謝の気持ちがわき上がってくる。 ありがとうね。

この春、息子は長くを過ごした古巣から、新しい世界へと
はばたいて行く。

これからの自分を、作り、強く大きくなれるよう、
心から願ってならない。

戸惑う私に、教育者である友人の言葉をここに紹介したいと思う。


どこの出身かよりも

何をしたかが大切な時代

その学校から引き出せる最良のものを享受すること

そうすれば必ず

明日は開けるから

最良のものを享受しながら新しい文化を創造すること

すべては自分次第だと知り

新しい出会いを大切にして




















写真はもう 誰が大人で誰が子供かわからなくなって
しまった。(と思いたい笑)
家族でいると写真嫌いな息子が笑っているので、
本当に嬉しかった。

親より友達。  想い出がいっぱい。なんて
じわじわ感じるのはまだまだ先のことなんだろうな。

2010/02/28

風に乗るフライヤー

オリンピックも大詰め。
今回はフィギュアスケートはもちろんのこと、ジャンプ競技が
とても面白く観れた。

NHK『ミラクルボディの秘密』(日本の研究チームが総力戦で解析して
くれるもの)で放映されたスイスのシモンアマンの特集を見たから。
シモンアマンはその容姿から(小さな体で誰よりも遠くへ飛ぶ魔法使い)
ジャンプ界の「ハリーポッター」と呼ばれている。

小さな体で大きなジャンプを実現する彼には驚異的な肉体の秘密があった。

ジャンプを成功させるのに最も難しいのは『踏切』で、成功の9割りを
決める。
踏切で上昇力をつけなければ、人は空を飛ぶことが出来ない。
そのうえスタートしてわずか5秒で時速90キロに達する急加速。
(踏切とは、ジェットコースターの先端で助走姿勢を取り、真下に来た
瞬間に飛び上がる様なもの。らしい。怖い)

踏切のポイントは時速90キロでいかにタイミング良くジャンプ台を
蹴れるか。
助走路の先端、ここで最大の力で蹴ることが出来れば、その力をすべて
飛ぶ力に変えることができる。

ジャンパーが助走路の先端を通過する時間は100分の1秒。
この100分の1秒を確実に捉えれるかどうか。
この一瞬はトップ選手でも難しいという。

100分の何秒の正確さを合わせる能力
シモンアマンの身体能力は、人間の本来の感覚を越えている世界を
実現しているという。
(野球でいえば、真芯で球を捉えたら そんなにパワーがなくても
場外ホームランが打てるような意味を持っているそうだ)

アマンが言う。

”バランス感覚が自分の力の鍵かもしれない”

これは他のことにもいえる気がする。
なにかに突出(集中)したり、どこかでつまづいて、とかく人生は
驚きや慣れやの繰り返しみたいなところが大いにある。
次なることものに対し、微調整をはかる、とても大切な感覚だと思う。

私も毎日のように起ることものについつい振り回されがちになるが、
疲れたな、と思うと食事やエクササイズ、香りや、映画鑑賞、音楽を
聴いたり気がついたら、五感を使ってバランスが取れるものを無心に
求めたりする。

バランス感覚を研ぎ澄ますことで自分だけの翼を手にした魔法使いの
少年 アマン。

「僕はフライヤー 空を飛ぶために生まれて来た人間なんです。
始めてのジャンプで 僕は空を飛ぶ感覚のとりこになってしまいました。
それは小さな鍵を拾い それに合う扉まで一緒にみつけてしまった様な
感じでした。

空を飛んでいると ほんの一瞬ですが現実の世界から離れて夢の中に
いるような気分になる時があります。
自信がわいてきて その自信がいつまでも続くように思えます。
そしてまた空を飛びたくなるんです。」

また、多くの選手にとっては大敵で、自分のペースを時には遮り、
時には煽り、時には高みへと飛ばせてくれる自然の贈り物でもある風を
「僕の友だち」。と呼ぶそのスケールにも胸がすく思いにさせてくれた。


風に乗るフライヤー
体が小さくアルペンスキーに入れなかった悔しさの中で出会った
ジャンプの世界。
けれどアマンは 自分のことを「ジャンパーではなく フライヤーだ」
と言う。
フライヤー。 それはどんな風とも一つになり自由に空を飛べる人間
だ。と。

うん。

自分に立ちはだかってくる壁もこんな雄大な気持ちで受け止めれたら.......
世界の檜舞台で魅せてくれる選手達の熱い列伝は究極のセラピーのようだ。

2010/02/09

『道具を磨く』

最近、歌舞伎役者の市川海老蔵さんの顔の表情にとても変化を感じる。
少し前に流れていた某飲料水のCFでもアップで映る顔に鳥肌が
起ったのを覚えている。

どうやら2008年頃から、食事を肉、魚、酒を摂らない。
ヴェジタリアン指向に変えたそう。
実はこれには父、團十朗氏への深い思いがあり、また、これからの
自身に向き合い、誓願をたてる意味でも、断つ。と決めたそうだ。

まるで、不純物を限りなく排除した玉鋼で作られる日本刀の様。

そしてついにあと数日で冬季オリンピックがバンクーバーで開催されるが
私の一番の楽しみはフィギュアスケート。

前回は年齢が届かなくて残念でしたが、満を持して浅田真央ちゃんが
オリンピックに出場する。

多くの人がそうだと思うが、銀盤のピアニスト、氷上の妖精のような
彼女たちが魅せてくれる何分間は、いつも熱いものが込み上げてきて
心を大きく動かされる。

水面をすべるように優雅に泳ぎながらもその美しい姿からは想像しが
たいくらい、水中では大きい水かきを懸命に動かしている白鳥の様に

技術向上への日々の鍛錬を怠らないんだな。と思うと
ちょっと恥ずかしい気持ちにもさせられる。

また、プロゴルファーとして大活躍する石川遼くんの
数々のミラクルプレーやインタヴューなどを見聞きするとき、

心が洗われるというか、穴があったら入りたいくらいの気持ちに
なったりも。

海老蔵さんにしても、
”与えられたものを自分の意志と力で活かそうとしている姿、
在るものに対して丁寧に手をかけている。”
という能動的な姿勢は強くこちらに訴えてくるものがある。

スポーツの世界では勝ち負けがあるから、
それを用いない芸術の域とでは一瞬違う世界?と認識しがちだけれど、

19歳の浅田真央ちゃんや18歳の石川遼くんらが得た
”自己鍛錬の中で獲得した『決断力』というもの”は
共通しているように思う。

だから心動き、感動、勇気をもらえるんだと思う。

ああ 不惑の40代、なにやってる!!
ということで、
触発されて私も最近トレーニングを再開している。

んが!?

数年間のブランクをおいて同じトレーニングをするとよく解るのは、
確実に昔より衰えているということ。
結果が思う様に出なくて焦る日々。
逃げていたから追いかけられているような焦燥感を感じる。

以前、友人にこんな話を聞いた。

『力はね、誰にでも、同様にある訳じゃない。

生まれた時から、人の個性や才能には、違いがある。

ただそれは、潜在的な可能性に過ぎないから、

偶然と必然の織りなす、様々な外的刺激に晒されて、

顕在化するものもあれば、消滅してしまうものもある。

ある時期までに顕在化しなければ、二度と現れないものも…。 』


道具を磨く。というのは、いま持ってるものを大切にして暮らす。
ってことなのかもしれない。

情熱を注ぐ、捧げる、そんなものことに出会えている人はとても
幸せだと思うし、羨ましいな。

けれど、「下から見たら今からでは無理と思っちゃうでしょう?
でも実は上から見ればあのときやっておけば良かった。ということ
ばかりなのよね?」
って、誰かが言ってたな。

抜きん出ることを視るんじゃなくて、そんな自分の持ってるものを
見直したり、探したり、あきらめないでコツコツ磨いていくことが
自分のなかで楽しみになって行くといいな、って最近思う。

2010/01/18

不惑の40代というけれど

孔子の論語で『40にして惑わず』とありますが、
先日もとても信頼している人から、

「私はとてもブレやすい人間で、
これがとても好き、とか、ゆずれない、とか
あるようなないような。

なにかの決断をしたり、選択したり、
そして日常すらも、その軸や芯がないと
ぶれるし、ほわほわしちゃうな。
よく、不惑の四十とか、言うじゃないですか。
ぜんぜん、ですよ。。。

これやりたい。こうありたい。こうなりたい。
という強い意志をもって、
それを実行、実現している人をみると
尊敬しちゃいます。」

という言葉がありました。

40も3年ほど過ぎましたが、私も同じで、
「ああ これからが本格的な自分の人生を歩き出す
ということなのかな。」と考えるようになりました。
けれど、、、まだまだ。

ふと立ち止まり、周りを見回し、過去を思ったり、
あり得る未来やあり得ない未来に思いを馳せたり、
子育てが落ち着いたら、習ってみたいお稽古ごとや、
身に付けたい資格、学んでみたい学問や
行ってみたい国のこと

時にはストレスの原因が若い頃よりも
すぐに判断できたり(思い当たるんでしょうねぇ笑)、
自分の死生観についても(あまり長時間はかけませんが笑)
考えてもみたり、

かと思えば、
いつまでも子供っぽい部分を持つ自分にも持て余したり
することもあったり。。
あれやこれやと惑うこと、いっぱいです。

それだから不惑とは、”自分と向き合うことの始まり”を知り、

「惑うから惑わず。と、心に決めなさい。」

と孔子は言いたかったのかしら?
なんて、考えたりして。。

決意する。ことから始まり、実現に向けて計画をたて、
実行する。
漢字で書くととても重くて辛いイメージで背中がゾクゾクして
きますが(笑)、

ところが、私にとても身近な人でこれを実践している人がいます。

『最低限は停滞であったとしても、一ミリたりとも絶対に
後退しない。と決めている人です。
常に向上心を燃やし、自らを奮い立たせることができ、
『夢』を『道』に変えていこうとする姿勢は端で観ていて
鳥肌が起つくらい。

だからといって、いつも張りつめているわけでもなく、
適当に息抜きの方法も知り、人を楽しくさせてくれたりする
気遣いも持ち合わせていらっしゃる。』

ですからとても周りから愛され、大切にされる存在となっています。

いつだか、「どうして?あなたはそうなのですか?」
と聞いたことがあります。

その人が言ったことは

「私はやっかいと思われる人生に常に挑戦し続けているのです」
という応えが返ってきました。

また、打ち込むことを一つに絞れている。
というのも羨ましいな、と思います。

ますます、
「惑うから惑わず。と、心に決めなさい。」ということではなかろうか
と思いますね。

不惑の40。
感じて、考えて、行動する。

まずは、決める。そして、挑戦する。

ということからかもしれませんね。うう。。