不惑の40代というけれど
孔子の論語で『40にして惑わず』とありますが、
先日もとても信頼している人から、
「私はとてもブレやすい人間で、
これがとても好き、とか、ゆずれない、とか
あるようなないような。
なにかの決断をしたり、選択したり、
そして日常すらも、その軸や芯がないと
ぶれるし、ほわほわしちゃうな。
よく、不惑の四十とか、言うじゃないですか。
ぜんぜん、ですよ。。。
これやりたい。こうありたい。こうなりたい。
という強い意志をもって、
それを実行、実現している人をみると
尊敬しちゃいます。」
という言葉がありました。
40も3年ほど過ぎましたが、私も同じで、
「ああ これからが本格的な自分の人生を歩き出す
ということなのかな。」と考えるようになりました。
けれど、、、まだまだ。
ふと立ち止まり、周りを見回し、過去を思ったり、
あり得る未来やあり得ない未来に思いを馳せたり、
子育てが落ち着いたら、習ってみたいお稽古ごとや、
身に付けたい資格、学んでみたい学問や
行ってみたい国のこと
時にはストレスの原因が若い頃よりも
すぐに判断できたり(思い当たるんでしょうねぇ笑)、
自分の死生観についても(あまり長時間はかけませんが笑)
考えてもみたり、
かと思えば、
いつまでも子供っぽい部分を持つ自分にも持て余したり
することもあったり。。
あれやこれやと惑うこと、いっぱいです。
それだから不惑とは、”自分と向き合うことの始まり”を知り、
「惑うから惑わず。と、心に決めなさい。」
と孔子は言いたかったのかしら?
なんて、考えたりして。。
決意する。ことから始まり、実現に向けて計画をたて、
実行する。
漢字で書くととても重くて辛いイメージで背中がゾクゾクして
きますが(笑)、
ところが、私にとても身近な人でこれを実践している人がいます。
『最低限は停滞であったとしても、一ミリたりとも絶対に
後退しない。と決めている人です。
常に向上心を燃やし、自らを奮い立たせることができ、
『夢』を『道』に変えていこうとする姿勢は端で観ていて
鳥肌が起つくらい。
だからといって、いつも張りつめているわけでもなく、
適当に息抜きの方法も知り、人を楽しくさせてくれたりする
気遣いも持ち合わせていらっしゃる。』
ですからとても周りから愛され、大切にされる存在となっています。
いつだか、「どうして?あなたはそうなのですか?」
と聞いたことがあります。
その人が言ったことは
「私はやっかいと思われる人生に常に挑戦し続けているのです」
という応えが返ってきました。
また、打ち込むことを一つに絞れている。
というのも羨ましいな、と思います。
ますます、
「惑うから惑わず。と、心に決めなさい。」ということではなかろうか
と思いますね。
不惑の40。
感じて、考えて、行動する。
まずは、決める。そして、挑戦する。
ということからかもしれませんね。うう。。
先日もとても信頼している人から、
「私はとてもブレやすい人間で、
これがとても好き、とか、ゆずれない、とか
あるようなないような。
なにかの決断をしたり、選択したり、
そして日常すらも、その軸や芯がないと
ぶれるし、ほわほわしちゃうな。
よく、不惑の四十とか、言うじゃないですか。
ぜんぜん、ですよ。。。
これやりたい。こうありたい。こうなりたい。
という強い意志をもって、
それを実行、実現している人をみると
尊敬しちゃいます。」
という言葉がありました。
40も3年ほど過ぎましたが、私も同じで、
「ああ これからが本格的な自分の人生を歩き出す
ということなのかな。」と考えるようになりました。
けれど、、、まだまだ。
ふと立ち止まり、周りを見回し、過去を思ったり、
あり得る未来やあり得ない未来に思いを馳せたり、
子育てが落ち着いたら、習ってみたいお稽古ごとや、
身に付けたい資格、学んでみたい学問や
行ってみたい国のこと
時にはストレスの原因が若い頃よりも
すぐに判断できたり(思い当たるんでしょうねぇ笑)、
自分の死生観についても(あまり長時間はかけませんが笑)
考えてもみたり、
かと思えば、
いつまでも子供っぽい部分を持つ自分にも持て余したり
することもあったり。。
あれやこれやと惑うこと、いっぱいです。
それだから不惑とは、”自分と向き合うことの始まり”を知り、
「惑うから惑わず。と、心に決めなさい。」
と孔子は言いたかったのかしら?
なんて、考えたりして。。
決意する。ことから始まり、実現に向けて計画をたて、
実行する。
漢字で書くととても重くて辛いイメージで背中がゾクゾクして
きますが(笑)、
ところが、私にとても身近な人でこれを実践している人がいます。
『最低限は停滞であったとしても、一ミリたりとも絶対に
後退しない。と決めている人です。
常に向上心を燃やし、自らを奮い立たせることができ、
『夢』を『道』に変えていこうとする姿勢は端で観ていて
鳥肌が起つくらい。
だからといって、いつも張りつめているわけでもなく、
適当に息抜きの方法も知り、人を楽しくさせてくれたりする
気遣いも持ち合わせていらっしゃる。』
ですからとても周りから愛され、大切にされる存在となっています。
いつだか、「どうして?あなたはそうなのですか?」
と聞いたことがあります。
その人が言ったことは
「私はやっかいと思われる人生に常に挑戦し続けているのです」
という応えが返ってきました。
また、打ち込むことを一つに絞れている。
というのも羨ましいな、と思います。
ますます、
「惑うから惑わず。と、心に決めなさい。」ということではなかろうか
と思いますね。
不惑の40。
感じて、考えて、行動する。
まずは、決める。そして、挑戦する。
ということからかもしれませんね。うう。。



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