女磨き 世界一の美女に向かって
5/11、東京国際フォーラムで行われたミス・ユニバース最終選考会に
行ってきました。
ここ何年間で日本人が上位入賞に食い込むだけでなく準グランプリ、
グランプリと立て続けに取っている事実はあまりにも有名。

1998年にドナルド・トランプ氏より任命されたイネス・リグロンが
総合プロデューサーに就任、以後10年をかけて世界の連続トップ入り
を果たしている。
トレーニングの内容はファッション、メイク、ヘアスタイル、
ウオーキング、ポージング、スピーチ、インタヴューの練習の他、
ダンスや英会話、精神の統一や気合いについて学ぶため柔術なども
取り 入れている、まさにいわゆる女磨きの結集プログラム。
あらゆるシチュエーションで自分の魅力の出し方の訓練をする。
コンテスト自体は個人的な意見としてショーアップされ過ぎ。
と正直感じてしまったが、トレーニングそのものは
世界の舞台へ向かって行くには必須だと思う。
実際、それぞれ文化の違う背景を持ちながらもビューティコンテストと
して世界から集まってくる精鋭の中で自己アピールが苦手な日本人が
入 賞するのはとても過酷なこと。
私も実は経験がある。
1983年に行われたエリートモデルルックの日本代表として
アカプルコ大会に出場したが、その時の自分のお粗末さといったら
なかった。
初めての飛行機、初めての海外、初めての外国人の中の自分だけ
アジア人。
おまけに英語力は日本の高校生並みで実際には通じないことばかりで、
なんでこんな所に来ちゃったのだろう、早く帰りたい、逃げ出して
しまいたい。とベッドの中で泣いたことがある。
そんな苦い経験を後の自分の糧にしてプロとして活動していたが、
初め からイネスのようなトレーナーが私に就いていてくれたら
もう少しマシだったような気がする。(笑)
さて、ファイナリストと呼ばれる候補者は今回は20人。
その中でじわじわとふるいにかけられるわけだが、見ていると
どのコに もそのチャンスをトレーニングの間じゅう公平に与え、
当日のそのときまで
『私が!』とモティベーションを上げさせて来たのかな。と思わせる
ふしが色々と見られた。
というのは従来のものは個人個人へのフォーカスがじっくりと時間を
かけられ、審査員たちがじっくりと判断するような典型的な
コンテスト形式の色味が強かったと思うが、イネスがディレクトする
今のMUJ(ミス・ユニバース・ジャパン)はそれまでにトレーニング
してきたものを発表する集大成の場となった気がしたからだ。

絞られていく中でもどのファイナリストもダンスの振り付けは完璧、
いつでも自分が踊れる様に訓練したんだな。と伺えた。
もしそうだとしたら今までのMUJにとってこれはある意味新しい
選出の方法かもしれない。
というのは、私が体験したモデルコンテストはまさにこういったもので、
滞在する2週間の間一日中誰かに見られている。見られているだけでなく
審査されている。
食事、パーティ、イベント、撮影、エアロビクスや メキシコ舞踊レッスン、
プールサイドでの過ごし方、ナイトクラッビング、移動のバスの中、
全てにブッカーと呼ばれるマネージャーたちがスタッフとして配置され、
なかなか実は未来のスターを掘り出す審査をしていたというもの。
なので、最終日に選考されると思っていたら大きな勘違いなのだ。
その意識をもって過ごさないと初めからアウトオブ眼中となってしまう。
だからこそ最終日はそれまでの集大成、つまりショー形式となるのだろう。
ただ、違いを述べるとしたら、当日の主な審査員もその2週間は一緒に
過ごすこと。(ちなみにアカプルコ大会ではKENZOやアズディン・アライア
の他にフリオ・イグレシアスやロッド・スチュワートも来ていた!!!)
とにかく、MUJもいよいよ世界的になり、自分の可能性を広げてみたい
と願う若い女性が増えてこれからもどんどん挑戦者が募ることだろう。

だけど、次回はクリス・ペプラーは審査員席でなく、司会者にして欲しい。(笑)
行ってきました。
ここ何年間で日本人が上位入賞に食い込むだけでなく準グランプリ、
グランプリと立て続けに取っている事実はあまりにも有名。
1998年にドナルド・トランプ氏より任命されたイネス・リグロンが
総合プロデューサーに就任、以後10年をかけて世界の連続トップ入り
を果たしている。
トレーニングの内容はファッション、メイク、ヘアスタイル、
ウオーキング、ポージング、スピーチ、インタヴューの練習の他、
ダンスや英会話、精神の統一や気合いについて学ぶため柔術なども
取り 入れている、まさにいわゆる女磨きの結集プログラム。
あらゆるシチュエーションで自分の魅力の出し方の訓練をする。
コンテスト自体は個人的な意見としてショーアップされ過ぎ。
と正直感じてしまったが、トレーニングそのものは
世界の舞台へ向かって行くには必須だと思う。
実際、それぞれ文化の違う背景を持ちながらもビューティコンテストと
して世界から集まってくる精鋭の中で自己アピールが苦手な日本人が
入 賞するのはとても過酷なこと。
私も実は経験がある。
1983年に行われたエリートモデルルックの日本代表として
アカプルコ大会に出場したが、その時の自分のお粗末さといったら
なかった。
初めての飛行機、初めての海外、初めての外国人の中の自分だけ
アジア人。
おまけに英語力は日本の高校生並みで実際には通じないことばかりで、
なんでこんな所に来ちゃったのだろう、早く帰りたい、逃げ出して
しまいたい。とベッドの中で泣いたことがある。
そんな苦い経験を後の自分の糧にしてプロとして活動していたが、
初め からイネスのようなトレーナーが私に就いていてくれたら
もう少しマシだったような気がする。(笑)
さて、ファイナリストと呼ばれる候補者は今回は20人。
その中でじわじわとふるいにかけられるわけだが、見ていると
どのコに もそのチャンスをトレーニングの間じゅう公平に与え、
当日のそのときまで
『私が!』とモティベーションを上げさせて来たのかな。と思わせる
ふしが色々と見られた。
というのは従来のものは個人個人へのフォーカスがじっくりと時間を
かけられ、審査員たちがじっくりと判断するような典型的な
コンテスト形式の色味が強かったと思うが、イネスがディレクトする
今のMUJ(ミス・ユニバース・ジャパン)はそれまでにトレーニング
してきたものを発表する集大成の場となった気がしたからだ。
絞られていく中でもどのファイナリストもダンスの振り付けは完璧、
いつでも自分が踊れる様に訓練したんだな。と伺えた。
もしそうだとしたら今までのMUJにとってこれはある意味新しい
選出の方法かもしれない。
というのは、私が体験したモデルコンテストはまさにこういったもので、
滞在する2週間の間一日中誰かに見られている。見られているだけでなく
審査されている。
食事、パーティ、イベント、撮影、エアロビクスや メキシコ舞踊レッスン、
プールサイドでの過ごし方、ナイトクラッビング、移動のバスの中、
全てにブッカーと呼ばれるマネージャーたちがスタッフとして配置され、
なかなか実は未来のスターを掘り出す審査をしていたというもの。
なので、最終日に選考されると思っていたら大きな勘違いなのだ。
その意識をもって過ごさないと初めからアウトオブ眼中となってしまう。
だからこそ最終日はそれまでの集大成、つまりショー形式となるのだろう。
ただ、違いを述べるとしたら、当日の主な審査員もその2週間は一緒に
過ごすこと。(ちなみにアカプルコ大会ではKENZOやアズディン・アライア
の他にフリオ・イグレシアスやロッド・スチュワートも来ていた!!!)
とにかく、MUJもいよいよ世界的になり、自分の可能性を広げてみたい
と願う若い女性が増えてこれからもどんどん挑戦者が募ることだろう。
だけど、次回はクリス・ペプラーは審査員席でなく、司会者にして欲しい。(笑)



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