私の80年代 アラフォー世代って?
アラフォー、アラフィー、と世間では色々と話題になっていますが
かくいう私もいわゆるアラフォー世代のひとりです。
いつのまにか、エフワン、エフツーと、広告業界を中心に、
こんな風に世代を表現されるようになっていました。
F1(M1):20?34歳
F2(M2):35?49歳
F3(M3):50歳?
*FはFemale(女性)MはMen(男性)のこと
正確にいえばバブル景気は、1986年12月から1991年2月までの
4年3か月(51ヶ月)間を指すのが通説だそうですが、
私にとっては、バブル時代と括っても実際はそのもうすこし以前の
時代の方が、自分の根元とも言うべき強く印象的な時代。
もちろん、私はその頃はまったくの青二才。
仕事はすでに始めていたとはいえ、まだまだ社会経験も浅く、
周りには第一線に働く大人がいっぱいで
何がどうなんだかよくわからないまま、ただ、精一杯の五感を
使って呼吸していた感じ。
高校生だった自分が自宅のクローゼットからいきなり世界の扉を
開けたかのような新鮮な驚きとショックの連続のなか
大きく時代が変わろうとしている予感でいっぱいの頃でした。
そしていよいよバブルが始まり、世の中は空前の好景気。
『自分へのご褒美』や『クウネルアソブ』のコピーが世の中を
ひらひらと美しい蝶のように舞い、
人々はより豊かな生活への憧れを強く抱き、休日のゴルフ、
日常のファッション、ドライブで聴きたい音楽、デートでグルメ、
海外へお買い物旅行、めくるめくアフター5と華やかに鮮やかに
そしてしたたかに駆け抜けた時代でした。
私はこの時期、TVを見るのにあまり気が進まなく、ラジオや紙媒体ばかり。
理由は、特に深夜のことですが意味不明に水着姿の若い女性たちが
いつも画面に映っており、なんだかイヤな気分にさせられることが
多かったからでした。
私にとっての80年代は前半。音楽やファッションも独自性を
追求している姿があちらこちらに見られました。
文化人と言われる方々もマスコミにはあまり出たがらず、
とはいえ、活動は精力的にされていた時代だったような気がします。
雑誌でいえば、”marie claire"(マリ・クレール)。
毎月毎月の表紙だけで頭の中で世界中を旅することができました。
まさに空中庭園、脳内散歩(笑)。
フォトグラファーのイマジネーションが世界中を舞台に繰り広げられ、
一枚のフィルムに焼き付け凝縮されていた時代。
(ちなみに私はアーサー・エルゴートが描く世界が好きでした)
今のようなカタログ形式の雑誌の作り方をしていなかったので、
映画のワンシーンのような、写真だけで背景を物語る、
とても想像力をくすぐられるものばかり。
スーパーモデル時代が訪れる以前のもので、眺めているだけで
心から楽しい気分にさせてくれる、夢のような時間でした。
(ああ、これを書くと、去年の10月になくした私の宝物たち
(倉庫のなかの)を思い出してまた悲しくなってきてしまう。)
硬派でスマートを追求し、私達若者の失敗も目を細めて見てくれる
大人たちがいました。
今、自分がその頃の大人のひとたちと同じくらいの年齢になって
時代にフォーカスしたとき、またバブル?と思うかのような、
私達の世代を購買層のターゲットにする動きを感じてなりません。
セレブミセス ゴージャス系 独女アラフォー
婚活 離活 アンチエイヂング etcetc
「あー!硬派・賢いブーム来ないかなー!」
つい最近お会いした28歳の女性の言葉です。
彼女は最初、私の年齢を聞くと、ああ、アラフォー世代なんですね、
という感じでしたが、
お話をして行くうちにとても盛り上がりました。
それはまさにあの予感で一杯の頃の時代の空気。
ファッションを始め、時代のカルチャーがとても刺激的で、
「あの時代を体験していただなんて!!羨ましいです。
古本屋さんでみつけてはむさぼる様に読みあさってるんです。
何もかもが憧れで今の時代に生きているのが悔しいくらい。
完全に後追いですね?(笑)」
彼女は映像作家。絵も描くそうでその頃のものに触れると
とてもインスパイアされるのだそうです。
そういえば私もそんな20代だったことを思い出しました。
仕事で会う大人の方々に70年代の頃のことを聞いては
心ときめかしていたものでした。
そんな自分だったので、当然、あの好景気時代は
まったく乗り切れていなくて、硬派を気取っていました。
要するに少数派だっただけかもしれませんが、ついつい、
アラフォー世代。と一括りにされるととても息苦しい。
その彼女が言った言葉でもうひとつ印象的だったのは
「今は、一生懸命に生きている人が損をして、
テキトー感を出しているのがかっこいいとか、
やった者勝ち。という考え方の悪びれないひとが
反乱している時代じゃないですか?」
アラフォー(アラフィーなど)という言葉は
メディアがつくった造語であって、
一人一人の生活や実体が見えない空虚な言葉だと感じるのは
私だけではないはずです。
かくいう私もいわゆるアラフォー世代のひとりです。
いつのまにか、エフワン、エフツーと、広告業界を中心に、
こんな風に世代を表現されるようになっていました。
F1(M1):20?34歳
F2(M2):35?49歳
F3(M3):50歳?
*FはFemale(女性)MはMen(男性)のこと
正確にいえばバブル景気は、1986年12月から1991年2月までの
4年3か月(51ヶ月)間を指すのが通説だそうですが、
私にとっては、バブル時代と括っても実際はそのもうすこし以前の
時代の方が、自分の根元とも言うべき強く印象的な時代。
もちろん、私はその頃はまったくの青二才。
仕事はすでに始めていたとはいえ、まだまだ社会経験も浅く、
周りには第一線に働く大人がいっぱいで
何がどうなんだかよくわからないまま、ただ、精一杯の五感を
使って呼吸していた感じ。
高校生だった自分が自宅のクローゼットからいきなり世界の扉を
開けたかのような新鮮な驚きとショックの連続のなか
大きく時代が変わろうとしている予感でいっぱいの頃でした。
そしていよいよバブルが始まり、世の中は空前の好景気。
『自分へのご褒美』や『クウネルアソブ』のコピーが世の中を
ひらひらと美しい蝶のように舞い、
人々はより豊かな生活への憧れを強く抱き、休日のゴルフ、
日常のファッション、ドライブで聴きたい音楽、デートでグルメ、
海外へお買い物旅行、めくるめくアフター5と華やかに鮮やかに
そしてしたたかに駆け抜けた時代でした。
私はこの時期、TVを見るのにあまり気が進まなく、ラジオや紙媒体ばかり。
理由は、特に深夜のことですが意味不明に水着姿の若い女性たちが
いつも画面に映っており、なんだかイヤな気分にさせられることが
多かったからでした。
私にとっての80年代は前半。音楽やファッションも独自性を
追求している姿があちらこちらに見られました。
文化人と言われる方々もマスコミにはあまり出たがらず、
とはいえ、活動は精力的にされていた時代だったような気がします。
雑誌でいえば、”marie claire"(マリ・クレール)。
毎月毎月の表紙だけで頭の中で世界中を旅することができました。
まさに空中庭園、脳内散歩(笑)。
フォトグラファーのイマジネーションが世界中を舞台に繰り広げられ、
一枚のフィルムに焼き付け凝縮されていた時代。
(ちなみに私はアーサー・エルゴートが描く世界が好きでした)
今のようなカタログ形式の雑誌の作り方をしていなかったので、
映画のワンシーンのような、写真だけで背景を物語る、
とても想像力をくすぐられるものばかり。
スーパーモデル時代が訪れる以前のもので、眺めているだけで
心から楽しい気分にさせてくれる、夢のような時間でした。
(ああ、これを書くと、去年の10月になくした私の宝物たち
(倉庫のなかの)を思い出してまた悲しくなってきてしまう。)
硬派でスマートを追求し、私達若者の失敗も目を細めて見てくれる
大人たちがいました。
今、自分がその頃の大人のひとたちと同じくらいの年齢になって
時代にフォーカスしたとき、またバブル?と思うかのような、
私達の世代を購買層のターゲットにする動きを感じてなりません。
セレブミセス ゴージャス系 独女アラフォー
婚活 離活 アンチエイヂング etcetc
「あー!硬派・賢いブーム来ないかなー!」
つい最近お会いした28歳の女性の言葉です。
彼女は最初、私の年齢を聞くと、ああ、アラフォー世代なんですね、
という感じでしたが、
お話をして行くうちにとても盛り上がりました。
それはまさにあの予感で一杯の頃の時代の空気。
ファッションを始め、時代のカルチャーがとても刺激的で、
「あの時代を体験していただなんて!!羨ましいです。
古本屋さんでみつけてはむさぼる様に読みあさってるんです。
何もかもが憧れで今の時代に生きているのが悔しいくらい。
完全に後追いですね?(笑)」
彼女は映像作家。絵も描くそうでその頃のものに触れると
とてもインスパイアされるのだそうです。
そういえば私もそんな20代だったことを思い出しました。
仕事で会う大人の方々に70年代の頃のことを聞いては
心ときめかしていたものでした。
そんな自分だったので、当然、あの好景気時代は
まったく乗り切れていなくて、硬派を気取っていました。
要するに少数派だっただけかもしれませんが、ついつい、
アラフォー世代。と一括りにされるととても息苦しい。
その彼女が言った言葉でもうひとつ印象的だったのは
「今は、一生懸命に生きている人が損をして、
テキトー感を出しているのがかっこいいとか、
やった者勝ち。という考え方の悪びれないひとが
反乱している時代じゃないですか?」
アラフォー(アラフィーなど)という言葉は
メディアがつくった造語であって、
一人一人の生活や実体が見えない空虚な言葉だと感じるのは
私だけではないはずです。



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